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工学系大学院生のオーストラリア留学奮闘記
オーストラリアはブリスベン、クイーンズランド大学での留学生活を綴ります。授業に研究、仕事探しやもちろん遊びも。



プロフィール
HN:
blue
職業:
神戸大学機械工学専攻大学院生
自己紹介:
学部でアメリカのUniversity of Washingtonに半年交換留学。
海外での楽しく新しい発見が忘れられず、大学院ではオーストラリアのUniversity of Queensland (UQ)にまた半年交換留学することに。

UQではこの短い1学期の間、研究室に入り経験のないコンピュータビジョンに関する研究を行い四苦八苦。授業も2つ履修していて中々にタフ。
でも、スキューバダイビングやロッククライミング、友達との交流など遊びも大事にしたい。

英語や海外の環境が好きなので、将来は海外で働きたいと思った。学期終了後のインターンシップを探すなどチャンスを広げるべく奮闘し、本気で海外就職を目指すかこの留学で見極めたい、というのが当初の目論見。さて実際はどうなることやら!?

好きな格言
「Simple is best」
「Do it yourself」
「Where there is a will, there is a way.」
「人事を尽くして天命を待つ」
「人を手段としてのみ扱ってはならない」カント
「即判断、即実行、即忘却」
「一期一会」
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」鴨長明
「色即是空、空即是色」
「男に二言なし」

メールアドレス
studyau2008@gmail.com
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このブログは本記事をもって凍結すなわち放っておきます。
留学を終えた今となってはここに書くべきことは何もないからです。
関係のない話を混ぜてしまうよりも、このブログは純度の高い留学中の生の声をそのまま残しておきたいのです。
ほぼ自分向けに書いた日記状態でしたが、今まで見守ってくれてた方には感謝です。


まず今回の留学によって得られた成果を述べます。

1.大切な友達(主に留学生、アジア系)がたくさんできた。

2.修士論文の土台となる研究ができた。授業の質もよかった。

3.自分は自分の生き方をする、という決意ができた。
人生は短い、大切にしなきゃと切に思った。

4.外国の文化がすごく気に入った。特にファーストネーム
で呼びあうこと、敬語がないこと。日本でもこの文化的な
雰囲気をなんとか取り込んでいきたいものだ、と思った。

こんな感じかな?
留学をしてみたいと思っている方は迷わずするための準備をしたらいいと思います。
本当に楽しいし、色んなことが見えてきますよ。
また、いろんな業者を通すのはやめましょう、ボッタクリが多いので。
苦労も楽しみのうち、できるだけすべて自分で管理するという気概が必要だと思います。


次にクイーンズランド大学での研究成果、提出論文を公開します。
いや、まったく大したもんじゃないですが、自分がコンピュータビジョンについて素人だったこともあり、素人にはわかりやすい内容になってるかと思い少しでもお役に立つことがあればと考えてのことです。
テーマは、ステレオカメラを用いた自己位置同定(ビジュアルオドメトリ)に関する研究です。

オリジナル英語版
http://shinjiworks.web.fc2.com/myresearch/visualodometry.pdf
はしょり日本語翻訳版
http://shinjiworks.web.fc2.com/myresearch/visualodometry_jp.pdf

で、このpdfは新しく作ったホームページに置いてますんで、まだまだ工事中ですが、これからゆっくりコンテンツを増やしていこうと思ってますんでホームページの方もよろしく。
http://shinjiworks.web.fc2.com/

で、ブログけっこう面白いなぁ続けたいなぁと思ったので、これからは研究、就職、ゲーム制作などのネタメインで、また日記調で書いていくためのブログを作りました。こちらも興味あればよろしく。
http://shinjiworks.cocolog-nifty.com/blog/

というわけで今まで見に来てくれた方ありがとうございました。
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No.104   pictures in darwin
Darwin 写真集


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ブリスベンからダーウィンへ。滑走路を歩いて飛行機に乗るなんて初めて。
オーストラリアでは普通なのかな?

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初日泊まったホステル。24時間営業。

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知り合いになったDerekとKenといきなり昼ご飯一緒に作ろう!ということに。
なんだか騒がしく各々の判断で勝手に作っていったけど、美味しくできました。

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ホステルのキッチン

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魚の餌付けをしにいった。ウヨウヨしてた

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パンを投げるとガッツク!

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LitchFieldへいく。これはジャンピングクロコダイルクルーズ。
バッファローの肉でワニを呼び寄せて?

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びょ〜ん

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モンスターです

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トビ?にも餌をやってた。
器用に餌をとるねぇ

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車で移動、昼ご飯を食べることに。
「SEX」とかかれた看板。
注意をひきたかっただけで内容はまったく関係なし。
なんでもありやね〜

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シロアリがつくった巣?なんだとか、、、

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シロアリじゃないけどアリがでけぇ!

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アボリジニのいる島へ飛びます(ツアー)

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ダンパー(パン)を焼いてもてなしてくれました

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フェイスペンティングしはじめました

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なにやらひと仕事すっかという体で、儀式を始めて、、、

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アボリジニの踊りを踊ってくれました

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こりゃ完全にツアーだねぇ

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アボリジニアート製作所

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黙々と書いてます

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ブッシュウォーキングへ

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襟巻きトカゲをつかまえたっ

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アボリジニツアーの次はバカでかい国立公園KAKADUツアーへ。これはクルーズ

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すごく綺麗なトコでした。視野がひろ〜い。

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まとわりつくハエと格闘しながら岩を乗り越え乗り越え、、、

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JIMJIM Fall(滝)までたどり着いて泳いだ。

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Darwin帰って次の日は朝早く起きてフィッシングへ

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オネーチャンがテキパキと準備してくれました

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やった、釣った!って鮫?Hammer Head Shark(シュモクザメ)

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イェ〜イ。目がこんなに離れてるんだねぇ。不思議な生き物だ。

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次はJewfish(イタヤラ、ハタ科)釣った!
こんなでかいの釣ったのはじめて!この日ボートで一番の釣果をあげました

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ホステルにもってかえって、KenとKakaduで知り合った友達呼んでまた昼食つくった。
いやぁ、よく料理した旅だったなぁ、Darwin旅行は。
刺身がめっちゃうまかった!
 

Darwin旅行はちょっとツアーを入れすぎて面白みがない部分もあり後悔もあるけど、色々な興味深い人(特にKenとDerek)と知り合えて、よかったな。
このときDarwinは雨期だったので、肝心の場所で綺麗な景色が見えない日もあったりしたけど、その分、稲妻が見れたのはよかった。(2秒に1回くらい稲妻!)
Darwinはやたらと蒸し暑いとこだったけど、いいとこだったなぁ。
No.103   thoughts...
日本に帰ってきてみて、なんか違和感、居心地の悪さを感じることがある。

敬語っていうのはやっぱり自分には向いてないな。嫌いだ。
まず個人的には年上の人と仲良くなりにくい。さんづけで呼んでいては、やはり親しい感情を持つのが難しくなるし、敬語で話すというのはどうも相手を上に見てしまう癖がついてやはり親しみを感じにくいし、歯がゆくて、めんどくさい。
自分の場合、年下の人とは仲良くなれることが多い。とりあえず自分は普通のことばで話せるので、年下の方が別に敬語にまったく苦がなければよいし、でも本当によい関係は敬語を使わないように言って、お互いタメで話すこともできるから。

第一、敬語を使うかどうかという基準は極めて曖昧である。たとえば、あるバイトを始めたとして、そのバイトの先輩というのが年齢としては下だったとする。バイトの立場としては上で、年齢としては下、さて敬語を使う?という話。仕事に就いても一緒。あとは、俺の場合、一旦大学卒業してから専攻変えて学部に編入しているので普通より年を食っている。研究室に配属になって先輩とはどう接する?とか考えることが多かった。
まぁ最初は敬語から入って様子を見ながら仲良くなればタメで自然に話せるようになっていくのだけど、そのメンドクサイこと。

なんだって年齢で、立場で、人への話し方を変えるのだろう。
そりゃあ、尊敬する人に対して丁寧な対応をするのは当然だ。
しかし年齢、立場という基準で社会通念上強制されてしまうことに問題があるように思う。
尊敬の念などなくても尊敬語を使う。
尊敬の念があっても年下には尊敬語を使わない。
私たちは先生に対して、老人に対して、友人に対して、子供に対して、言葉を使い分ける。
それが当然だと思ってる。
その原因は、敬語というものが、言葉として存在してしまうからだ。
日本人という性格が日本語を作ったとも考えられるけど、このような日本語という枠がまた日本人という性格を規定してしまう面もあると思うのだ。

ここでそんな例を色々挙げてみたい。
まず敬語を使う相手に対しては自由な意見がいいづらい。敬語を使っていると、どうも相手が上で自分が下という感覚を抱いてしまい、自分の意見を抑えて相手を立てようとしてしまうのは不思議である。
逆に自分が敬語を使われていると調子に乗る。
それが日本において、世代、立場を超えた平等な議論というものを難しくしているではないだろうか。

大体敬語で怒る気にならないでしょう。でもタメで怒ったら「なんだ、その口の聞き方は!」てなりますよね。
いやいや。口の聞き方じゃなくて内容で返してくださいよ。
そんな意味で、子供にはストレスがたまったり、大人を無条件に偉いと思ってしまう環境が整っているんじゃないかと思うわけだ。
子供っていうのはすごい力を持ってるよね。発想力豊かだし、大人より正直だし、行動力あったりして、大人が見習うべきもの、忘れていたものを思い出させてくれるものを持っているわけだ。
それでも子供という態度で(言葉で)接する。子供は尊敬しなくていいってこと?

子供が大きくなって中高生くらいになると、見かけはもう大人になってくるので、初めて会ったときとかは、年下と見て子供への言葉で話すか、大人として接するか(敬語)迷うよね。
見かけで判断するのはどうだろうか。
されるのはどうだろうか。
子供の思春期とかも日本では外国に比べてすごい深刻なんじゃないかとか思ったりする。

また以上で述べたように敬語っていうのはまず社会通念上必要とされる割に、その基準が曖昧かつ即座に見てとれないものだ。年齢や立場なんて初めて会ったもの同士でわからない。だから必然的に敬語を使わなければならなくなり、見知らぬ人への壁が厚くなってしまうのではないか。
仲間とはやたらと仲いい割に、見知らぬ人に対しては、無頓着。電車の中でもみんな他人に無関心。
仲間には礼をわきまえている割に、見知らぬ人に対してはそこにいないように振舞う無礼、マナー知らず。ジベタリアン。

また、丁寧語、尊敬語というのは言葉をむやみに長くするね。
意味のある情報がないわりに、無駄に長い。
言語構造がシンプルでなくなってしまうのだ。

大体、「すいません」「申し訳ありません」「ありがとうございます」「失礼いたします」「お疲れ様です」「~させていただきます」
とか長げぇ!て思ってしまうんですね。てか噛むんですけど!
英語では「Sorry」「Thank you」「See you」とか簡潔に表現できるのになぁと思ってしまうわけです。

英語には敬語というものがない。
年上でも年下でも立場の違いがあっても関係ない。同じ言葉で話す。
そうするとあら不思議、日本で育った日本人の俺でも年上の人と対等に話せるし、対等と感じるのである。そして普通の友達と同じように親近感がわくのだ。実際に年齢の違う友達がいっぱいできる。というかそもそも正確な年齢を知らない。
日本では知り合った人に立場をはっきりさせるために「何歳ですか」なんて聞くけど、向こうではそんなこと聞くことはあまりない。聞く必要がない、何歳だからって対応が変わることなんてないんだから。聞くなら、大学なら何回生かってことだね。
履歴書にも年齢を書かない。ちなみに写真もはらない。そういうことで差別してはいけない社会なのである。

見知らぬ人への壁が驚くほど低い。どんな場所でも気軽に話しかけられる。それは、ひとつに敬語があるからってことが関係してるんじゃないかな。そう思う理由は、自分も海外ではとてもフレンドリーになるからである。
それでこんな文化がいいなと思って日本でも実践しようと思って帰ってきても、日本の雰囲気に押しつぶされてやっぱり自分も無関心になってしまうんだよね。まぁ自分なりにうまく融合したいとは思っているんだけど。

さて、この見知らぬ人への壁が低いということより、海外では友達(彼氏彼女)が非常に作りやすい、と思う。自分が仲良くなった友達を考えても、様々なきっかけ、場所でたまたま会った。
日本では、バイトだとか、クラブだとか、学校で同じクラスだとか、何か一緒のグループに所属していないと仲良くなることはほとんどない。その他の出会いは男女の間ではナンパと呼ばれる。

その意味では、英語圏(アメリカ、オーストラリア)では日常がナンパである。だって、きっかけは出会うところどこにでもあるんだから。男女に限らず話しかけたいひとに話すのは当然だろう。それで仲良くなって友達になったりする。
日本では「出会いの場がない」と嘆くけれども、実際に一日を振り返ってみればたくさんの男女に出会ったでしょう。よく会う異性もいるでしょう、同じマンションの住人とかね。
そして一緒にエレベータ入ったりしたら、英語圏では、まず挨拶はできるだけするよな。Hi,ってね。
そしてなんとなく反応がいいときとか、次にまた鉢合わせたときは、また会ったねと言って軽く会話するかもね。
そしたらもう友達だね。
出会いは毎日の中にあるわけだ。

そんなことで、日本では友達とくに異性の友達なんかは中々できないの性質なのに、海外では男女限らず友達ができるのが自分にとって嬉しいな。

あともうひとつ述べておく。
日本人は集団主義で、何かするとき集団で行動するするけど、欧米人は個人主義なため、一人で行動することが多く孤独を感じると思うかもしれないけど、これがそうでもない。
みんなが自分は自分として行動しており、他の人もそうしているわけだから、一対一の関係で容易に話しかけられるし、合うなと思った人とはすぐ仲良くなって一緒に行動もするさ。
でもその人と常に一緒に行動するわけでもない。一緒にいたい人とそのつど一緒にいたり、みんなで集まりたいときはみんな呼ぶし。
みんなを集めるとパーティなんか開いたりするけど、集まる人の層にびっくりする。もう、何つながりとかあんまり関係なくてそれぞれ友達が友達を呼ぶ。日本ではそれぞれ知り合いかとか考えてメンバーを考えたりすると思うんだけど、向こうではそれが(ほとんど)ないのである。
日本では知らない同士で男女で集まることを合コンと呼ぶ。

この意味では、英語圏では、なんの変哲もなく開いたパーティとか食事とか遊びが合コンである。
別に合コンとかの意識はまったくないが合コン的出会いの効果のあるところがミソである。
友達の友達は自分の友達となったりしてネットワークが広がっていくのだ。

日本ではグループというものを作ってそこに所属してしまうから、そこから出られなくなる、他のグループと交流がとれない、とりにくい、またグループの中で気の合わないやつがいてもなんとか合わせないといけないということが起こってしまう。
いじめとか、嫁姑の争いだとか、そういうことが影響しているんだろう。
政治でもそうかも、派閥間の争い、派閥内の軋轢、などを海外と比較したら面白いかもしれない。

はじめから「あなたはこのグループね」なんてものがそもそもなければ、自分が勝手に有機的なグループを作り上げることができるのだ。

アメリカで、オーストラリアで、人生でこれほど自由を感じたことはなかった。帰ってみて、あぁやっぱりあそこで過ごした日々は幸せだったな、夢のようだったなとしみじみ思ってしまう。
生きるということがシンプルな世界だったなと思う。

そして以上のように、帰ってから感じた日本の居心地の悪さを書いた。
自分としては、普通とは違っても、なんとか自分の居心地のよいように、日々の生活を見直していきたいと思っている。そして、この感覚を忘れてしまわないように、「普通」になってしまわないことを切に願う。

自分は日本で生きていくことを選択した。
それでも、日本で仕事するのはストレスが溜まってどうしようもないとか、どうしようもなく自分に自信を失ってしまったとき、海外へ逃亡するかもしれない。

少なくとも、逃げてもいいんだよ、何して生きたっていいんだよ、なんとか生きていけるくらいのスキルはある、と思えるようになったことが、今回の留学で得たことなのかもしれない。
忘れ去ってしまう前に、忙しくなってほったらかしてしまう前に、ダーウィンでのことを書いておくべきだろう。
ブリスベンから発つ日は忙しかった。
ソースやら調味料やら野菜やら、中途半端なものは全部捨てて、お米やら缶詰やらレトルトやらはそろえて友達にもらってもらうことに。
なんだってこんなに買ってしまったんだろう。重くて仕方がなかった。
スーパーに行くと安くてついつい買いすぎてしまうんだよな。

Emmaは喜んでもらってくれたのでよかった。
自転車も欲しいとのことであげた。
昼食にラザニアを作ってくれて食べたけどおいしかった。
俺がすしを作ったときに、今度は作ってあげるといっていて、この最後の機会に約束を果たそうとしてくれたわけである。

Brisbane空港に向かう電車の中でDerekと会った。
行き先は同じ、Darwinだった。

Derekは好奇心旺盛だけどしっかり者で大人っぽかったが、大学一年生ということでびっくりした。
こりゃ俺のほうが精神年齢低いかな、、、恥ずかしい。

Derekは俺がどんな研究をしてたか話すと、すごく興味深そうに聞いてくれて、そしたらおれも色々話が進んで話が盛り上がった。でも過去の研究について言及したときは、なんか忘れてたりしてうまく説明できなかったり。物事を大枠でとらえ、こういうときにシンプルに素人にもわかりやすく説明できるようにありたいものだ。

Derekは故郷シンガポールに休暇に帰るそうだけど、Darwinからの方がBrisbaneから飛ぶよりも安いのでDarwinで半日だけ過ごしてシンガポールへの便に乗るとのこと。
Darwinには深夜1時頃着くのだが、おれはホステルを予約しておいた。

Derekはなんと空港で泊まるつもりだとのこと。
そうか、この空港は24時間OPENなのか。
そして確かにこんな深夜にCITYへ行く交通手段がなさそうだ、、、。
Hostelは確か24時間OPENだった気がしたけど、Derekに言われやっぱりフロントには誰もいないかもと心配になった。
あぁ、ホステル予約したのにおれも空港に泊まることになってしまうかも、と思った。

空港について最初にびっくりしたのは便待ちの人の多さ。こんな大きくもないDarwinの町、空港で深夜にこんな活気があるとは予想もしなかった。お土産屋さんがなんと開いている。Brisbaneでも5時にはショップが順次閉まるというのにこんな田舎で、、、。
これは交通手段ありそうなという予感は正しくシャトルバスが出ていた。CITYまで11ドル。
Derekもホステルがあいてたら一緒に泊まると言って、ホステルが本当にあいてるか電話をかけてみる。
そしたら普通にフロントが出て、部屋もあるということで、一緒にシャトルバスに乗ってCITYへ。
Derekはホステルが電話に出たことにたいそうびっくりしてたな。
CITYについても結構あちこち明かりがついて人がいる。この深夜に。
後に誰かが言った、これはDarwinの暑さに関係してるんじゃないかと。
そう、Darwinはやたらと蒸し暑いところだった。
湿気がすごい。日本の梅雨の時期で気温はもっと高い感じ。
寝てられなくて、夜活動的になるのかな。

次の日は特に予定も立てていなかったしDerekがすぐ帰ってしまうので、次の日は一緒にCITYを回ろうということにして、ホステルで寝た。

朝、ホステルで頭を丸めた、僧のような人に話しかけられ、日本人だということがわかる。もうオーストラリアに十数年すんでいるとか。名前はKen.
ちょっと話して変わっているけど面白そうな人だと思い、お昼を一緒に食べようということになる。
どこか食べに行くと思っていたけど、Kenはホステルのキッチンで料理をしようと言うので、じゃあそうしようということに。

昼ごろ、おれとDerek、Kenが合流し、まずはスーパーに買出し。Derekは3時過ぎに空港に行かなければならないので時間があまりないということでちょいと急ぎ目。
パスタにしようということになるがそれぞれ材料は各自良いと思うものを決めていこうとKenが言う。とかいいつつ、パスタにするのはオリーブオイルが飛行機に乗る前の体にいいからだ、なぜなら、、、とか色々薀蓄をたれる。こだわりがありそうだし、料理できそうだし、Kenに任せてしまいたい感じだけど。
おれは優柔不断というか別になんでもよくて自分では決められない性質なので、まごまごしてたけど、DerekはKenに「何がいい?」と聞かれたら「じゃあクリームソース」「マッシュルーム」みたいな感じでどんどん決めていく。こんなとこでもDerekのしっかり者さに惚れ直す。
Kenは材料の置いてる場所を探す時間も惜しいようで、遠くの店員に叫んで尋ねたり、そこらへんの客に聞いたりする。他人への壁がまったくない人なんだなぁ。

ホステルのキッチンに着いても、作る手順なんてお互い確認なんてせずにとにかく急いでそれぞれ作りはじめる。あまりないキッチンの調理器具や食器類も調達してスパゲッティの完成。
なんか、急いで作ったけど、協力して作りあげたって感じが良かったなぁ。
おいしくできたし。おれの意見により量かなり多めで食べきることができなかったけど。
Kenは捨てない、次の日に食べるという。

このとき話したことで、Kenの印象が際立つ。
Kenは常に色々分析していた。
買い物の仕方、料理の仕方から二人を見ていた。
俺は結構細かいとのこと。そうそう、小さいことにこだわってしまうのね。。。
そして俺が今日のホステルは違うところを試してみると朝に伝えたことから、Kenはおれの性格を見抜いていた。また俺が専攻を変えて編入したということを聞いて。
最善の策をとるために色々試すという性格。
良い彼女を見つけるのも、いろいろとっかえして試すのかな?とKen。ドキっとする。

Kenが言うには、
「このホステルは空港のフロントでどのホステルがいいかと聞いて、ここがいいよと聞いたのでじゃあそこということで決めた。このホステルはあまり気に入ってない部分もあるけど居続けている。」
「もし自分の勉強していることが自分に向いていないかもと思っても、その道を続けるね。」
「もし、自分の好きになった女と結婚して、好きでなくなっても、離婚しない、一生一緒にいるね。」
神を持ってくるなり、運命論なり、いずれにせよ、人生に無駄なものはない、自分に入ってきたものには何か意味があって来たのだ、とのことだ。

なるほど。
Kenの考えに至極納得。
ちょうど、自分の意思決定の前に色々試すことの限界を感じていた。
比較対象なんて無限にあって結局全部試すことなんてできない。
第一色々試してみたところで、どれが一番良いかなんて結局のところわからないのだ。
結局直観に従って選択する、あとは状況に身を任せるというのがいいのだろう。
自分の感性に基づき行動する、相対評価ではなく絶対評価で判断するというのが最近のモットーだったのだ。

しかし、おれの些細な言動からKenがおれの性格を読み取ったことには脱帽。
Kenは非常に興味深い人だった。
Kenは日本、アメリカ、スイス、とあちこちで暮らし、世界中を旅行したらしい。
親の意向により、人とは違った考え方ができるように類稀な教育を受け、たとえばTVを見る環境がなかったとか。
そしてKenは研究をしているけども、その道の有名な研究者などは全然知らないとか。自由な思考をするために無駄な情報はシャットアウトするのだとか。幅広く知識をつけていくのと反対。知識を限定していくこと、無駄な情報を忘れていくこと。
突拍子もなく変わってるので、「ほんまかいな、嘘っぱちかな、ほんまに研究者かな」とか疑いつつも、強くひきつけられる。

こんな面白い話もした。
いろんな研究のなかでアボリジニについての研究もしているが、アボリジニの文化には人間にとって根源的に大切なものが潜んでいるとのこと。
「あるアボリジニの男が森の中で鳥の卵を見つけたとしよう。自分のため、妻のため、子供のため、3つの卵を持ち帰ることにする。残りの卵をどうするか。そのままにしておく。必要な分だけ取る。そうすれば、卵は返って鳥になり、また卵を産んでくれるのだから。
移住してきたヨーロッパ人はどうするだろうか。自分のため、妻のため、子供のため、3つの卵を同様に確保する。残りの卵をどうするか。そうだ、他の人に売ろう。」
これが資本主義、強欲の始まりなのだ言う。
そして環境破壊、様々な弊害を人類にもたらす。

Kenやその両親(二人とも研究者)は有名になりたくないのだという。
表には全くでないで裏だけで第一線の研究をやる、そういう人がいるのだよという。
「自己中心の反対ね」なんていってた。

そしてDerekが帰りのシャトルバスに乗り込むまで見守る。
Derekが「Thanks for sharing lunch」という。
Kenは、それは女のいうことだよ、男なら「Sharing thoughts」と。
なのでこういって別れる。
「Thanks for sharing thoughts!」
おとつい、日本に帰ってきた。
後半はかなり忙しく、日記を更新する時間も惜しくて放ってしまったのが残念だったな。

研究成果のプレゼンとThesisの提出(同日)に忙殺され、さらには授業二つの最終試験もその直前に重なって、本当に辛かった。
結局研究を優先して、試験勉強はControl & Roboticsに2日くらい、Signal&Image Processingに1日くらいしかかけなかった。
SI Processingのほうは今までのTutorialを少し復習してから、試験前日に過去問を見てみた。
そしたら愕然、いままでの中間テストは基本的にTutorialの内容を理解してれば大体できたのに、最終テストはかなり内容が違う。過去問の答えもないし、こりゃ到底間に合わないと絶望。
大体後半の内容に興味を失っていて、勉強する気力もでない。
これは真剣に落とすなと思い、もう全く勉強しないでテストにも出ないで研究に集中すべきかと思ったが、もしかしたら今年の試験は簡単かもしれないし、興味あるとこだけ復習、わかるとこだけ解答して、運がよければ通るかもということで出ることに。感触はさっぱり。
この授業はとるべきではなかったと後悔した。
最初からこの授業はイマイチだな、あまり自分の興味ある分野じゃないなと感じていたのに、もっと早い段階でドロップしていなかったことを。
Practicalのクラスは難しくてレクチャーの内容と乖離が大きくサポートもちゃんとしていないのでカオスだったしストレスたまった。
あととっていた研究プロジェクトは、修士生がMaster's Thesisを書くためのコースで、しかも普通はあまりとらない、通常一年の内容を1学期で終わらす集中コースだったということも最後のほうで認識したのは遅かった。。。
だから、今回の留学では研究メインで頑張ろうと思って来たのだから、とるクラスを絞るべきだったな。

なんとなく色々経験したくなって色々手を出すのは自分の悪いところだ。
もう十分色々手を出した。経験できた。
色々なことをやってみても、結局やはり自分のやりたいことというのは、最初からなんとなく直感的に好きでできることだったりする。

大体無限に経験することなんてできない。自分にとって価値のあるモノはごく僅かなもので、ほとんどは自分にとってJUNKである。
自分が見つけた数少ない貴重なモノを深めていく、大切にすることが、短い人生を生きる道ではないだろうか。
自分にとって貴重なモノというのはまだ見ない他にあったかもしれない。
でも、それは運命というものだよね。
自分が出会ったものを大切にするのが運命だと思う。自分に入ってきたものすべてにムダはないのではないか、なにか意味があって出会った。
自分にとって、これからは色々と経験しようとする時期ではなくなってきた感じがする。
これからは、今自分が持っている中で大切なものをより大切にすること。
広く浅くではなく狭く深くすること。
今自分ができることをすること。
InputではなくOutputすること。
そういう時期に来ているんだと思う。

脱線したけど、もうひとつの授業のテストについて。
Control & Roboticsでは、本当に貴重な知識を得ることができたし、このセメスターかなり心血を注いだわけで、なんとか受かりたいと思っていたのでSI Processingよりは勉強した。
第一、とった授業二つとも落としたとあっては日本に帰って誰にも真っ直ぐ顔向けできないがな、、、。
他人にどう思われるかというのに加えて自分自身の自信が粉々に砕けてしまうだろうに。
最終試験は事前に配られた練習問題とほとんど同じ物だった。でもちょっと慎重になりすぎて時間が足りずに終わってしまった。問題を見てからなんかホッとして手を抜いてしまったようで、終わってから自分に絶望し後悔した。

研究については、プレゼンはなんとか終わらせたものの、Thesisは時間が足りず、まったく満足のいくものはではない不完全なものを提出せざるを得なかった。
BenからはPassは絶対できるし、あまり気にしないでいいよと言われていたので、お言葉に甘えて不完全な状態で強制終了させていただいたが、本当にパスできるのか心配だ。。

Thesis提出後は、日本から訪れてくれた友人と2日ブリスベン観光して、その最終日の夕方にはブリスベンの友人も急きょ集めて晩餐会、次の日に日本からの友人はブリスベンを発ち、おれも旅行先のDarwinに発った。
ステイしていた部屋も出たので、部屋の掃除やら、余った食材を友達に渡すやら、荷物を友人宅に置かせてもらうやら、本当に忙しかった、、、。
使っていた自転車は売るつもりだったのに、そんな時間も結局まったくなく、荷物を置かせてもらった友人にあげた。でも捨てないでよくてよかった!
もし欲しいという友人がいなければ「FREE! JUST TAKE IT!」と書いて、キャンパスに放置したかなw

Darwinでは6日間旅行し、Brisbaneに戻ってきて友人と最後の昼食を済ませ、レンタルしていた携帯を清算して、同日ゴールドコーストに向かう。Brisbaneから日本へのJetStar航空便はもう出ていないのだ、、、。
夜ゴールドコーストの空港ちかくのホステルに着き一泊、次の朝日本へと発った次第である。

最後はバタバタしてしまったが、Brisbaneの友達とも大体会えてお別れできたし、荷物やら携帯やら学校関係やらの手続きもなんとか終わらせることができたの良かった。
で、ちょっと前に成績が出たので確認して見たけど、SI Processingは落としてた。予想はしていたけども、やっぱり最終試験までは時間をかけて頑張ってきただけに空しいね。
Control & RoboticsはなんとかPASS.
研究のほうは延長した影響で成績はまだ出ていない。

ThesisきれいにまとめてBenに送ることが今年中に終わらせることのひとつだ。